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石尊山観音寺は明応9年(1500年)天山見亮禅師により開創され、以来戦後争乱の中を生き抜き永い星霜を累ねてきました。
 御開山天山見亮禅師は御本寺迦葉山龍華院3世であり、群馬成孝院2世、永福寺2世、福島清光寺2世、茨城鱗勝寺3世と各地の住職を務めた高徳です。永正2年(1505年)89歳で遷化されますが、その後、観音寺は現在まで30代の住職を数え、法灯連綿として輝いております。長い歴史の中で残された僅かな資料の中から断片的にひもとくと、時代の流れのなかで必死に寺運と取り組んできた歴代住職と檀徒の努力がうかがわれます。

天神様
本堂内
御開山 天山見亮禅師 御真像

 天神様石宮から元禄年間(1700年頃)には寺子屋があったことが推測されています。寺子屋として地域の子弟に読み書き算盤、学問を教えていたのではないでしょうか。実際、短い期間でしたが明治7年には観音寺に発知小学校が置かれています。通学上不便のため学校は移されますが、その後も助教として観音寺22世清水祖嶽大和尚(1891年没)が教鞭を執っていたようです。

 平成12年(2000年)、観音寺は曹洞宗寺院として開創され500年という記念すべき年を迎えることが出来、平成19年には開山500回遠忌法要を修行することが出来ました。

石尊山観音寺
住職 五十木 晃健

 日頃より、檀信徒・地域の皆様には多大なるご厚情をいただき、厚く御礼を申し上げる次第です。
皆様から寄せられましたご意見・ご要望、報恩感謝のお気持ちを大切に「地域の寺」「心のよりどころ 坐禅 写経などが体験できる寺」として先ず自身の修行としての境内整備より始め精進しております。
 先祖のお墓を守り維持するのが難しい、跡継ぎでお困りになっている方々の子孫になり代わり永代にわたり供養する永代供養禅苑「いのちつないで」、写経を納める「心柱堂」、東日本大震災の未曾有の災害を風化させず後世に伝える篤志者が寄贈した「祈櫻観音菩薩」「延命子命地蔵尊」、そして「ほほゑみ十二観音」を建立いたしました。

心柱堂
祈櫻観音菩薩

 石尊山(戸神山)登山道も間伐整備し、「景観が明るく初心者や女性、小さな子供連れの家族にも登り易い」「間伐材で彫刻したリスやフクロウなど楽しみながら登れる」と評判も上々です。

 時期になりますと、地元小学生の児童が遠足で立ち寄り、「自由学校 寺子屋観音寺」と題し、地獄極楽の体験学習を行ったり、県外からは宿泊山寺修行体験などの参加者も多数いらっしゃいます。

 これからも、従来の考えにとらわれず、皆さんに気軽に立ち寄ってもらえるようなお寺を目指します。

 心よりお待ちしております。

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